Mさんは、ワーキングホリデーでカナダに滞在しているときに統合失調症を発症しました。自分のペースをつかんだいま、国家公務員としての就職も決まり、新たな生活の準備をしています。
「自分で切り開いていこう、できないこともできるようにしようという気持ちが強かったですね」
Mさんはこれまでの自分についてそう振り返りました。
商社に勤めていたMさんは、営業事務や企画事務として幅広い業務を経験しました。営業事務では見積もり、請求書、納品書の作成、企画事務では海外にある自社ブランド製造工場とのやりとり、商品の販促デザインなど、初めてのことでも積極的に挑戦しながらやってきました。
そんなフルスロットルな生活を4年続けたあと、Mさんはカナダに行くために満を持して退職します。もともと海外で暮らしてみたいと考えていたMさん。ワーキングホリデー制度を利用してカナダに渡ることを決めたのです。語学学校を卒業した後、レストランを掛け持ちして、働きました。
英語を上達させたい!接客スキルも早く身に着けたい!
ホールでの仕事を担当し、配膳はもちろん、英語で料理の説明をすることも。お客様にきちんと説明できるようにと、家に帰ってから魚の名前を必死で覚えました。
念願の海外での生活を全力で楽しんでいたMさん。そんなMさんの異変に最初に気付いたのは、一緒に暮らしていたルームメイトでした。
「自分でも気づかないうちにどんどん体調がおかしくなり、幻聴が聞こえるようになっていました」
Mさんは、現地の病院で統合失調症と診断されました。
それから帰国したMさんは、実家に戻り1年ほど療養生活を送りました。
「母が『自分はわからないから』と私の状態に耳を傾け、理解しようとしてくれました」
家では本を読んだりドラマや映画をみたり、英語を勉強したりして過ごしました。回復のためにはゆっくり過ごすことが大事だとわかっていても、なかなか自分の状態を受け入れられず、不本意に感じていたと言います。
このままではいけないという焦り、前に進みたいのに思うように進めないもどかしさ、収入のない不安。
そんな思いと葛藤しながら、「人生のうちでどうにもならないことをどうにかするのではなくて、流れに任せてやってみようと思ったほうがうまくいくかもしれない」という考えが生まれてきました。
そして「いまはまだその時期ではない」「無理をしない」と自分に言い聞かせ、休むことに集中できるようになると、自然と気持ちも前向きになっていったそうです。
体調も落ち着いてきたころ、主治医の勧めで就労移行支援を知りました。生活リズムを整えて、また事務として働きたいと考えたMさん。たどり着いたのは、個別訓練が特長のmanabyでした。
「見学して体験通所をする中で、スタッフがちゃんと向き合ってくれている、と感じたんです」
明るい雰囲気の事業所で、eラーニングもわかりやすい。親身になって話を聞いてくれて英語を生かせる働き方も提案してくれたこの事業所に、通うことを決めました。
事務の感覚を取り戻すべく、eラーニングではExcelの復習から初めて、さらにスキルアップを目指してデザインツールも学びました。思ったよりも順調にスキル訓練が進み、就職の準備のために特に注力したのは、障害特性である疲れやすさへの対処でした。
「働くというと、スキルに目が行きがちですが、心身を健康に保って生活リズムを整えることが一番大事で、難しいですよね」とMさん。
体調は安定していましたが、生活リズムが不安定で朝起きられない日々。支援員と二人三脚で、睡眠時間の調整やエネルギーの使い方を話し合い、できる限り朝から通所できるようにがんばりました。支援員と対話しながら自分と向き合い、理解し、頑張りすぎてしまうのをコントロールしようと試行錯誤。徐々に自分のペースを掴んでいきました。
何度も面接対策を行い就活に挑んだ結果、非常勤国家公務員としての採用が決定。いまは入職まで毎日生活リズムを崩さないように、これから始まる在宅勤務の準備をしています。
カナダから帰国した直後はSNSで仲間が現地で輝く写真を見るのが辛かったというMさん。時間をかけて自分と向き合い体調が回復するにつれ、そんな他人と比較して落ち込む時間が無駄だと思えたと言います。Mさんは、ここまでの経験を通して得た気づきを語ってくれました。
「周りと比べないで自分らしくあること。manabyで紹介されている利用者のストーリーも全部自分とは違う。障害も違うし人生も違うし進むべき道も違う。自分ができていないと焦るのは無駄。自分を大切にしていきたいですね」
それから、自分が前向きに頑張っていれば誰か一人は見てくれているものだ、と感じたそうです。
わからないことはそのままにせず、意識的に人に頼ることも大事。助けを求めることは得意ではないけど、頼ると自分の力を発揮できるのがわかった。もし悩んでいることがあれば、信頼できる人を一人でもつくってほしいと、Mさんは続けます。
Mさんの直近の目標は、まず仕事に慣れて時短勤務からフルタイムに切り替えて働くこと。それから安心して仕事を任せていただけるようになりたい、いつかは英語も生かしてみたいと、次のステップを見据えています。
(2021年11月取材)