外資系ホテルで人事部長を務めていたFさん。パーキンソン病を診断されて、今新たなミッションに取り組んでいます。
Fさんは、これまでホテリエとしてのキャリアを歩んできました。大学で観光学を専攻して、外資系ホテルに入社。新規開業のホテルの人事部長になるという夢を叶えて、充実した日々を過ごしてきました。
しかし、ある時に右手が震えるようになり、体の不調を感じる日が多くなります。
そして、パーキンソン病を診断されました。
「なぜ私なの」
自身で作成したドキュメンタリー動画の中で、頭の中が真っ白になり、涙も出なかったのだと、Fさんは語ります。
突然の診断に、心の整理がつかないまま仕事を続けたFさん。3年ほど病気から目を背けて過ごしました。それから次第に薬の量が増えていき、初めて入院治療を受けることに。
入院中に、Fさんは自叙伝としてこの病気のことをまとめてみたいと漠然と考えていたそうです。そんな中、同じ病気に悩むたくさんの患者に出会いました。
歩けなくて困っている人、歩けるけど姿勢を保つのが難しい人。自分一人でもいろいろな症状があるのに、それぞれが違った症状に悩んでいることに気付きます。
そのときFさんは、自分だけでなくいろいろな人の症状をまとめてみよう、と思いつきました。
参加型で楽しみながら学べるものがいい、症状のほかに当事者の気持ちも表現してみたい、とアイデアが膨らみます。そして「支配できない病を受け入れ、症状と共に生きること」をテーマにしたカルタづくりの構想を固めました。
Fさんは、診断後もしばらく仕事を続けていました。しかし、タクシー通勤でも体調的にオフィスにたどり着くのが精いっぱいで、出勤するとしばらく疲れて動けない状態になってしまいます。
会社も職場の仲間も理解して支えてくれましたが、Fさんは心苦しく感じていました。交通費負担も体への負担も大きく、いよいよ限界を感じたFさん。家でできる仕事への転職を考え始めます。そして興味を持ったのが就労移行支援です。
友人が広告で見かけたというmanabyについて調べてみると、通い慣れたホテルのパン屋の近くに事業所があることがわかりました。
見学に行ってみると、明るい雰囲気の中スタッフが仲良く仕事をしています。
慣れた道、車椅子でも通えそうな動線、そして事業所の雰囲気に「ここなら安心して楽しく通えそう」と感じられました。カルタづくりの準備もできそうです。
実際に通所してみて「おはよう!」と元気に声をかけられたときに、やっぱり自分にはここが合っていると確信しました。
「大きな声でおはようって言うと、一日を気持ちよく過ごせますよね」
Fさんは週に1度事業所に通い始めました。まずはWordやExcelなど事務系スキルの基礎を見直し、投薬管理の表を作成するなど、実用的な作業をしながら学びました。
症状が出るタイミングは様々で、訓練時間を過ぎてしまうことも。支援員は、できるだけFさんの訓練を見守り、必要に応じて面談を行いながらカルタづくりをサポートしました。
通所を始めてから2年。
「カルタ制作、特に印刷物の制作は大変ですね。本当はホームページも作りたかったのですがまだたどり着けません」
日々進行する病と向い合いながら、薬が効く時間の制限もある中、Fさんはたくさんの人と一緒にカルタづくりを進めてきました。
カルタの読み札に専門用語が使われていると、支援員は誰でもわかりやすい表現に変えることを提案しました。
絵札のイラストは、いつも素敵な誕生カードをくれたホームヘルパーの方にお願いしました。そして、同じ事業所に通う利用者の仲間が色塗りを担当しています。
「Fさんは頼み方がとてもお上手で、力になりたくなります」と支援員。
そして、まもなく完成というタイミングで緊急入院することになってしまったFさんでしたが、たくさんの仲間や所属するNPOのメンバーの協力により、何とか完成させることができました。
支援員は、Fさんから自己発信の大事さを学んだそう。
「Fさんの周囲を巻き込む力や発信力は本当にすごい。私もたくさん学びました。自分の意見や思いを伝えるということは、人によっては簡単なことではありません。でも就職して他者と一緒に仕事をしていくうえでも大事なことですね」(支援員)
パーキンソン病を診断されて、働き方を変えることを決めたFさん。これまで培ってきたキャリアに対するプライドを捨てなければならない場面もしばしばあったと言います。「なんで私が」という気持ちは今もあるそうです。
そんなFさんが、自らと向きあって取り組み始めたのが、起業とカルタづくりでした。
「ノートルダム清心学園元理事長の『置かれた場所で咲きなさい』という言葉があります。私の置かれた場所が『ここ』であるならば、パーキンソン病と共に生きて、花を咲かせたいと思います」
自分の病気を認めることってすごく難しいけど、そこを越えれば少し楽になる。同じように悩む方に元気をつけるお手伝いをしたい。Fさんのカルタづくりには、様々な想いが込められています。
そして、仕事があるっていうのは素晴らしいこと、働きたいと思うみんなが働けるような社会になってほしいとFさんは続けました。
「我々は症状と共に生きなければなりません。同時に一人では生きることができず、仲間や周囲の方々の助けがあって初めて生活が成り立ちます」
このカルタを通じて、パーキンソン病患者だけでなく、患者を支える家族、福祉や医療関係の方々にこの病気について知ってもらえたらとFさんは期待しています。
Fさんの「切なくて愉快な」症状についての経験談を詰め込んだカルタは、いよいよ販売が始まります。
(2024年10月取材、2月追記)