「障害」を診断されて、挑戦できる今がある。在宅ワーカーとしての再始動。

小学校高学年になったころ、いじめがきっかけで学校に行けなくなったYさん。こころの不調との付き合いは長く、児童精神科に通う子供時代を過ごしました。それから不登校を乗り越えて、高校卒業後はフリーターとしてお弁当屋さんやレストランで接客や調理の仕事を経験しました。

 

挑戦も勉強も好きなのに、うまくいかない仕事

もともと勉強が好きだったYさんは、大人になってから本の面白さを知ります。たくさんの本を読み知識を蓄えました。さらに学びたい気持ちが強くなり、一念発起して米国に留学することに。コミュニケーションカレッジのリベラルアーツコースで、心理学やドラマ演劇などを学びました。大好きな英語を学ぶこともでき、Yさんはとても充実した3年間を過ごしたそうです。

 

「演劇に携わる仕事に就けたらいいな」とぼんやり思っていましたが、そう簡単ではないこともわかっていました。帰国してからは気持ちに整理をつけて、派遣社員として再び働き始めます。満員電車は苦手だと感じていましたが、頑張って通勤しました。物品の仕分けなどを行う仕事を続けるうちに、徐々に体調に異変を感じるように。結局長く続けることができず、半年ほどで退職することになりました。

 

診断されて安心した

退職してからは、家に籠りがちな毎日を過ごしました。ベッドの上で1日中寝て過ごし、起き上がる気力もない、そんな日も少なくありません。いつしか昼夜が逆転し、家族が寝静まるときに動きだし朝方眠りにつく、そんな生活リズムになっていました。

 

2年ほどが経って「このままではいけないな、と少しずつ元に戻そう」と自然と思えるようになったYさん。自分を変えたい、と自宅にあった参考書をパラっと開きました。最初の5分だけ頑張ろう。そう思って読み始めると、自然とやる気がでるのを感じました。もともと学ぶことが好きだった自分を思い出したのです。それから徐々に本を読む時間を増やし、少しずつ動けるようになっていきました。

 

「社交不安障害」「パニック障害」だと診断されたことも気持ちに大きな変化を生みました。自分の不調の原因がわかったことで不安が減ってほっとした、とYさんは言います。不調を感じたときはどうすればよいかがわかってきたので、薬の服用をしながら慌てずに対処ができました。そして自身の障害とうまく付き合えるようになり「社会人としてもう一度働きたい」と思えるようになったのです。

 

再挑戦、本来の自分

ネット検索で調べるうちに、就労移行支援があることを知りました。それからmanabyの「在宅」というキーワードに興味をもち、通所を始めます。
学ぶ楽しさを取り戻したYさんは、逆に集中しすぎてしまうのが課題でした。訓練も定期的に休憩時間を設定し、支援員に体調面も相談しながら、自分のペースをつかんでいきます。

 

パソコンスキルのほかにセルフコントロール術を学んだことは、とても実践的で役に立ったそう。朝は太陽の光を浴びて、体内時計をコントロールして夜眠りやすくするように心がけたと言います。

 

徐々に生活リズムが整ってきたYさんは、就職活動を始めました。在宅訓練を体験してみて改めて自分に合った環境を知ったYさんは、家で働くことを目指すことに。
しかしいざ求人情報を探し始めると、精神障害を対象とした在宅での求人は身体障害に比べて少ない現状を知ります。「とにかく探すしかない」と2か月間求人サイトをくまなく確認しました。

 

選考に落ちて落ち込むこともありましたが、就活ではご縁やタイミングが大きく影響するんだと自分に言い聞かせていたそう。もともとネガティブで考えすぎてしまうところあったYさんですが、ストレス対処法や自己コントロール術を学び、少しずつ生活の中でうまく対処できるようになりました。また就活を終えたら「大好きな本を思い切り買って読もう」とご褒美を用意することで自分を鼓舞することもありました。

 

そうしてとうとう自分に合う職場を見つけたYさん。在宅でデータ入力や労務管理に携わる予定です。

 

自分を知ること

社会人経験の有無や、障害の種別、実務経験などいろいろ不利な条件であったとしても、できることはある。調べれば、履歴書の書き方やメールの送り方もでてくる。就職活動で大事なことは、自分にできることはやったうえで「とにかく挑戦したい思いややる気を伝えること」だとYさんは言います。

 

Yさんは、次の目標を教えてくれました。
「働きながら英語をもう一度学びたい。TOEIC900点を目指しますよ」

 

勇気を出して診断を受けることで、一歩を踏み出すことができるかもしれない。学ぶことが生きがいだと気付いたYさんは、自分に向き合い挑戦を続けています。

(2021年3月取材)

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