脊髄腫瘍で寝たきりを経験した20代。一人暮らしと在宅勤務を実現するまで。

「あなたの1日は、どんな風にイメージできますか」
Sさんはいま、自分がイメージした毎日を暮らしています。

自立のために

車いすユーザーのSさんが一人暮らしを始めたころ、世の中はコロナ禍に突入しました。これまで暮らした実家は坂の中腹にあり、一人では外出ができません。そのなかで居宅介護支援など複数の障害福祉サービスを受けて生活基盤を整え、バリアフリーな環境に引っ越し、これからどこにでも行けると意気込んだところでした。

 

「一人暮らしは実現できた。次は働き方」
これからどんな仕事をしようかと考える中で挑戦した映像編集。フリーランスとしてやっていくことも検討しましたが現実の厳しさに直面し、貯金残高にも不安を感じるようになっていきました。

 

長く働くためには、企業に所属して在宅勤務で働くのが理想、技術を身に着けて就職を目指そう、と就労移行支援manabyを訪れます。

 

それからいくつかの事業所と比較してみて、manabyの利用を決めたSさん。在宅訓練ができることに加えて、映像編集や画像加工を学び直せるコンテンツがあったこともポイントでした。

 

悩むのではなく考える

就職に向けて情報収集と訓練を始めたSさんですが、しばらくは自分の目指す働き方がはっきり決められずもやもやと過ごしました。

 

「自分にできることは」と模索してまずたどり着いたのは、映像クリエイターという仕事。映像編集を独学で学び、クラウドソーシングで仕事を受けてみたけど、フリーランスでやっていくイメージはできなかった。人気職種でスキルの高い人もたくさんいるし募集も多くない。それでも自分はクリエイティブ職を目指したいのか……

 

一方で、希望する在宅勤務の仕事はデータ入力業務が多いこともわかりました。Sさんは手が動かしづらいため入力作業には時間がかかります。

 

自分に合うのはどんな働き方か。あれこれ考えながら、ひとまずどんな職種でもExcelのスキルは必要になるはずだと考えて、MOS(マイクロソフト オフィス スペシャリスト)の取得を目指すことに。わからない部分は何度も繰り返し動画を見直しました。

 

「関数の勉強はとてもやり応えのあるものでした(笑)いくつか組み合わせて使用する場合もあり覚えるのに苦労しましたね。仕事では使わないかもしれないけど、ここまで勉強したというのが自信につながったし、必要になったときに0から勉強しなくて済みます」
試験に合格したことで、徐々に焦りが消えていきました。

 

およそ3か月に1度、天気のいい日には電車に乗って自分の力で事業所に通所しました。支援員に相談しながら働き方を考え続け、職場実習や研修には積極的に参加して、独学で学んだPhotoshopも資格を取得しました。

 

担当支援員は、オンラインだけでなく定期的に自宅訪問をして面談を行い、自分自身と向き合うSさんに寄り添いました。そんなSさんについて「とにかく正直で素直」と振り返ります。気持ちを素直に表現して伝えてくれ、勧められたことは“やってみよう”と挑戦する姿が印象に残っているそうです。

 

「インターネットとパソコンがあれば、なんでもできるはず。やるかやらないか、だったら、とにかくやってみよう」
Sさんはそんな考え方で行動してきたと言います。

 

たどり着いた働き方

約1年訓練を続けたのち、SさんはWebサービス系の企業に就職しました。カスタマーサービス部に所属し、在宅勤務で週に5日、8時間弱働いています。

 

チームには20名ほどの在宅メンバーがおり、日常のコミュニケーションはMicrosoft Teamsを使っています。わからないことがあればチームリーダーに確認しながら進めていると教えてくれました。

 

「自分は時間のかかるテキスト入力よりも口頭で話したほうがコミュニケーションを取りやすいのがわかった。より良い方法を考えて上司に相談しよう」

と工夫をしながら少しずつ仕事の幅を広げています。

 

Sさんにとって「在宅勤務」はメリットの多い働き方でした。こまめな水分補給とトイレ休憩が必要なため、自宅で働くことは安心につながります。また車いすに長く座っていると、筋緊張による体幹のつっぱりでバランスを崩して転倒してしまう危険もあります。休憩時間に横になり体を休めることができるので、集中して働くことができています。

 

 

発症した10代、再発の20代を越えて

「自分ができることで、仕事ができるのが一番ですよね」
とことん自分の働き方に向き合い行動した結果について、Sさんは間違っていなかったと振り返ります。

 

とても前向きに語ってくれたSさんですが、ここに至るまでの努力や葛藤は計り知れません。

 

小学校卒業を前に見つかった脊髄腫瘍。手術をして放射線や抗がん剤による治療を続け、自宅療養をした中高時代。一時的な後遺症で摂食障害にもなりました。体力がないため就職活動がうまくいかず、教師の勧めで働きながら単位と収入が得られる専門学校に通うことに。そして努力を重ねたSさんは、とうとう営業職として就職を果たしました。

 

それから訪問営業として忙しい日々を過ごしましたが、ある日ふと息苦しさや歩きづらさを感じ、さらに手が動かしづらいことに気が付きます。首の腫瘍が再発していました。

 

手術を終えて歩行練習を始めようというとき、原因不明の高熱が1か月半続いたことでSさんは寝たきりになりました。回復してから車いすでリハビリに励み、転院を繰り返しながら2年近くの入院生活を経て、実家に戻りました。

 

同居する父は夜勤のため、できるだけ頼らないようにと考えたSさん。復職についても焦りがありましたが、計画相談支援員のアドバイスもありまずは生活基盤を整え、それから働き方を考えることに。食事洗濯や着替えなどは外部のサポートを活用しました。

 

「ヘルパーさんがいれば家族に負担をかけずにやれそうだ」
そして一人暮らしを実現したのでした。

 

イメージすること

Sさんは、クリエイティブな休日を過ごしています。カメラと共に車いすでいろいろなところに出かけてきました。そんな趣味を通じて知り合ったフォトグラファーの方から
「想像は力。目指すものが叶ったかのように限界まで想像して、映像のようにイメージできたならそれは実現する」
と言われたことがあるそうです。

 

自分はどんな働き方がしたいのか、どうありたいか。
考えてはやってみることを繰り返したSさんはいま、自分がイメージした毎日を暮らすことができています。
(2022年7月取材)