ひきこもりを辞めて、自分のペースで一歩ずつ。今、新しい世界へ

統合失調症と付き合いながら、長い間昼夜逆転の生活を送ってきたAさん。一歩外の世界に踏み出してから、障害者雇用で就職が決まるまでをお聴きしました。

 

ひきこもり生活の始まり

Aさんがひきこもるようになったのは、高校を中退した後でした。

 

子どもの頃は、家にいるよりも外で遊ぶことが好きで、その日が楽しければいいと思っていたというAさん。高校生になって人間関係に悩んで中退することとなり、自信を失ってしまったことがきっかけです。

 

最初の頃は友人と外出することもありましたが、みんな学校に通っているのでなかなか予定が合わず、自然と疎遠になりました。

 

それから昼夜逆転生活が始まります。これでは「まずい」と思って落ち込みながらも時間は過ぎてゆきました。初めて病院に行き、統合失調症と診断を受けたのは19歳のとき。

 

「自分が病気であるという自覚はありませんでしたが、それでもどこかで『たぶんそうだろうな』とは思ってました」

 

服薬治療を始めてから、少しずつ近所を散歩できるようになり、当時強かった希死念慮も消えていきました。

 

それから、ひきこもり支援団体と青少年相談センターとも関わるようになりました。背中を押してくれたのは両親です。団体運営の手伝いをしたり、勉強を教えてもらったりする中で、社会とのつながりが増えたと気持ちも前向きになりました。

 

しかし、その矢先にコロナ禍となり交流の場がなくなり、さらに父が亡くなるとまた閉じこもるように。つながりも人生諦めてしまうほど、世の中の状況が変わってしまったように思えたと言います。

 

「その頃は、自分はこれから働けないだろう、親が二人ともいなくなったら生活保護しかないだろうなと思っていました」

 

自分のタイミング

そして青少年相談センターが移転することとなり、月に一度続けてきた面談も辞めてしまいました。そしてそのまま、3年の月日が過ぎていきます。

 

そんな生活を変える転機になったのは、1本の電話でした。ひきこもり孤独死を取り上げたドキュメンタリーの本を読んで、とにかく自分も変わりたいと思っていた矢先に、青少年相談センターから「もう一度来てみませんか」と電話をもらったのでした。

 

家族以外の唯一のつながりである『福祉の人』と会話ができなくなってしまったら、いよいよ大変だ、という思いがAさんを動かしました。早速青少年相談センターを訪問し、とにかくいまの状況を変えたいことを伝えたAさん。

 

「何年か前に、ITスキルを動画で学べる就労移行支援事業所ができたと教えてもらって気になっていました。そのときはまだ見学に行くことができませんでしたが、いまならできるかも、と思えたんです」

 

子どものころからプログラミングに興味があり、ひきこもるようになってからは、ガラケーホームページの制作をしたりしていたAさんは、ITスキルが学べるmanabyが気になっていました。

 

そして再び福祉とのつながりが持てるようになって、次のステップへと歩み始めます。

 

自分を知る

Aさんは、人間関係のリハビリをしようと就労移行支援 manabyに通うことを決めました。

 

通い始めると、まずはExcelを学んで早々にMOSを取得。ハイペースで学習を進めていきましたが、ほどなくして体調を崩してしまいました。

 

「今思えば焦りがあったかも。ランナーズハイのような状態でした」とAさんは振り返ります。

 

支援員と相談して在宅訓練も取り入れながら、プログラミングや音声の文字起こしなどいろいろなことに挑戦してみました。

 

その中で、データ入力が自分に合っているのがわかったというAさん。もともとネガティブ思考になりがちで、やることがないと苦痛を感じることがありましたが、何かに集中して没頭すると楽になることに気が付きました。

 

「いままでも12時間続けてゲームをしたりしていました。無意識に何かに没頭しようとしていたのかもしれません」

 

入力ミスも少なく、やりながら自信がついていきました。

 

パソコンに向かう訓練だけでなく、積極的に事業所のレクにも参加。お昼休憩にも自ら話しかけカードゲームをするなど、コミュニケーションのリハビリも順調でした。

 

「事業所に通うようになってから、ずいぶんと変わりました。変わりすぎて母が心配するほど」

 

外出の機会が増えて、家族以外とのコミュニケーションの感覚も取り戻し、家計簿もつけ始めたそうです。

 

支援員は、その変化の背景にはAさんの学びの姿勢があったからこそだと感じていました。

 

「スタッフなど他者の意見を積極的に取り入れ、やったことがないことや苦手なことにも意欲的にまじめに取り組まれていました。そして何より自分自身を知り、理解するための努力をされていたのが印象的です」(支援員)

 

Aさんは、就職活動を通して特例子会社への就職が決まりました。

 

初めての就職

Aさんの業務内容は、データ入力やスキャンなど、事務作業や軽作業などです。

 

コミュニケーションの感覚を取り戻し、体調も安定して自分が得意なことも見つけられたAさん。もともと就職を目指していたわけではありませんが、いまならできるかもしれないと、挑戦してみたのでした。

 

「バイトも経験なく、34歳で初めての就活。一人で取り組んでいたら無理でした」

 

Aさんは、就労移行支援を利用する一番のメリットはフィードバックがもらえることだと言います。事業所では、履歴書などの書類作成や面接対策の改善点を一緒に考え、投げ出しそうになったときには愚痴を聞いてもらって乗り切ることができた、と続けます。

 

また、面接で落ちると気持ちが落ち込んだけど、次第に落ち込むのも疲れるしめんどくさい、という気づきも得られたそう。

 

「続けていくうちにやってみようと思えて、チャレンジして新たな気づきが出てくる。人との関わり、関係性の中で気づいていくんですね」

 

(2024年9月取材)