発達障害系バンドマンがたどり着いた「らしい」働き方

ニート生活を辞めて銀髪のIさんが通い始めたのは、ITに強い就労移行支援manabyでした。

ニートになるまで

大学中退後、フリーターとなったIさん。4年を過ぎたころ、将来を心配する父親の紹介で正社員として就職することとなりました。

 

入社してすぐ配属されたのは、コールセンター部門でした。自分でも驚くほどうまくいかず「使い物にならなかった」とIさんは振り返ります。その後事務部門に異動しますが、ここでも失敗続き。マルチタスクが多くなると混乱してしまう自分に、落ち込むこともありました。

 

「なんで落ち着いてできないの?なんでテンパるの?」
「まったく仕事ができないわけではない、コミュニケーションが下手なだけだろう」

 

Iさんは自問自答しながら、毎日必死に頑張りました。

 

その後、会社の都合でポストがなくなり退職することになったIさん。次に勤めた会社は残業が多く、ほどなくして体調を崩してしてしまいました。半年休んだのちに物流系企業に転職し、現場仕事と事務作業を担うことに。しかし苦手なマルチタスクで業務量も多く、周囲から「使えないやつ認定されてしまった」そう。

 

心身ともに疲れ果ててしまったIさんは、ニートになりました。

 

「軽いノリで」母と弟がついてきた診察室

仕事がうまくいかない…原因は何かあるはずなのに、明確な答えが見つからない…諦め半分になっていたIさんにもう一度病院に行ってみようと声を掛けたのは、母と弟でした。そして「軽いノリで」訪れた診察室で母が語り始めた子供時代の懐かしいエピソードに、弟も一緒に盛り上がります。

 

一人だけ違うことやっていた幼稚園のころ。みんなで遊ぶのは嫌いじゃないけど一人のほうが楽しい。鬼ごっこをやるとすぐ鬼になっちゃうからいやだったなあ。

 

小学校ではサッカーが流行っていたけど、自分はゲームのほうが好き。ペーパーテストの点数がよかったからかゲームに興味がないと誤解されてしまったし、うまく自己主張もできなかった。

 

中学の球技大会でサッカーの楽しさに気付き、高校ではサッカー部に。部活の先輩仲間はよくしてくれたけど、クラスではいじめがあり友達はできなかった。

 

浪人して入った大学は、第一希望の学部ではなかった。授業にもなじめず、サークル三昧……

 

母と弟が一緒に説明してくれたおかげでようやく診断された「広汎性発達障害」。家族で大きくうなずきました。

 

大事な充電時間

診断をされてまず感じたのは「肩の荷が下りた」という感覚でした。向いていない仕事は向いていないとわかった、自分に向いていてやりたいことを探そう、とIさんは心に決めました。

 

ニート生活を始めてすぐのころ、父親がまた新しい仕事の話を持ち掛けてくれたときのことです。もうコネで働きたくない、やりたくないと言うIさんと、やってみなければわからないだろうと言う母親とで喧嘩になってしまいました。

「この日は、家族に初めて仕事についての自分の気持ちを伝えられた記念日です」

 

それからIさんは貯金を切り崩し、のんびりとバンド活動などの趣味を楽しみながら、働き方を考えました。

 

お金が心配になってきたころ、自然と働こうという気持ちになれたそうです。
「充電できたな、と感じたんですよね」
そして出会ったのが、ITスキルを学べる就労移行支援manabyでした。

 

いちばん頑張らなきゃいけないのは楽しむことだ

manabyには週5日、フルタイムで1年間通いました。集団訓練ではなく、自分のやりたいことを個別に進められるスタイルがポイントでした。

 

「やろうかどうしようか迷ったら、結果を考える前に始めてみると幸せだと気付きました」
目指していたWeb系スキルだけでなく、デザインプロジェクトに参加してみたら楽しかった、楽しそうと思ったらやってみなきゃ損だと感じた、とIさんは言います。

 

そうして幅広く学び就職先を研究するうちに、徐々に働く上で自分が大切にする軸が洗い出されていきました。そのうちの一つが「髪色」です。支援員と自分らしさを考えるうちに、Iさんは黒髪にすることに不安を感じる自分に気付きました。その不安を応募書類に正直に書くことができたとき、気持ちが楽になり自信が持てたように感じたそうです。

 

Iさんは現在、大手通信会社のグループ企業でスマホアプリの検証のお仕事をしています。髪色についても相談ができていて、いまの少し明るめの髪色も自然と受け入れてもらえています。

 

業務はチームで進めていて、先輩も隣にいるので困ったことがあったらすぐに聞くことができます。仕事は覚えることが多く、先輩に早く追い付かなきゃという気持ちにもなりますが「焦ると自分のためにならない。これまでたくさんやけどしてきたのでわかります」とIさん。焦りを感じたら、その場から離れてみたり、雑談をしたり、気持ちを落ち着ける工夫ができています。わからないことは整理して一つひとつ確認するようにもなりました。

 

とても重要なデータを扱う仕事で、Iさんも働く前は不安を感じていたそうですが「不安になる必要あるかな、自分にできることをやればいいんだ」と、一つ一つ気持ちを整理して前に進んでいます。

 

就職してから運動の時間が減ってしまいましたが、10Fまで階段でいけばいいのかと気付いたら得した気分になった、とIさんは笑います。Iさんは、これからもっと職場でコミュニケーションを増やしてみたい、と働く生活を楽しんでいました。

(2021年9月取材)