やっと人間になれた!?聴覚障害とADHD、就活のリアル

「やっと人間になれた、そんな感覚」

Aさんはmanaby(マナビー)での訓練や思い出を振り返って、そう笑いました。

 

天然、マイペース、問題児と言われた少女時代

Aさんには生まれつきの聴覚障害があります。スマホアプリや手話通訳を活用するほか相手の口の動きを読み、発話してコミュニケーションをとっています。幼いころから周囲が助けてくれたため、聞こえないことで特に困ると感じることはなかったと言います。

 

一方で、小学生になり集団生活が始まると、学習やコミュニケーションの面で周囲から指摘されることが出てきます。学習障害(LD)を疑われましたが、中学生のときに注意欠如・多動症(ADHD)であると診断されました。

 

中学生、高校生になるにつれ友人関係での悩みも増えていきます。トラブルのたびに自分の何が悪かったのがわからず、意図せず相手を傷つけてしまうことに自分自身も傷ついていました。そして次第にコミュニケーションへの苦手意識も強くなり、孤立していきました。

 

孤軍奮闘の大学生活

Aさんは大学に進学しましたが、相変わらず周囲となじめずに職員以外とは関わることのない日々を過ごします。

 

就職については、1年生のうちから少しずつ考え始めました。親からは公務員を勧められましたが、自分には合わなそうだと感じていました。小学生のころは宇宙飛行士や漫画家に憧れ、学校の先生や図書館司書を目指そうかと思ったりもしたそう。しかし、条件や自身の得手不得手を思い、方向性をなかなか決められずに卒業を迎えます。

 

在学中からいくつかのアルバイトも経験しました。これまでコミュニケーションが苦手で自ら殻にこもってきましたが、克服したい気持ちを持ち続けていたAさん。手話を使って接客をするお店でのお仕事にも挑戦し、少しずつ苦手意識が薄れていくのを感じました。

 

安定した仕事に就くためにスキルを身に着けたい―高校の進路指導の先生が教えてくれた就労移行支援を利用しようと思い立ち、いくつかの事業所を比較検討しました。その中の一つとして、友人が通っていたマナビーにも見学に訪れます。

 

「正直に言うと、eラーニングで学ぶスタイルが自分に合うのか不安がありました」

 

集中できるかな、動画のナレーションは聞こえないから字幕で見る必要がある、プリントで学ぶ他事業所のほうが自分には向いているかも……

 

そんな不安を払拭してくれたのがマナビーの支援員でした。動画はチャプターごとに短く区切られているので、休憩を取りながら何度も学べます。また当時動画の字幕対応が順次進んでいる段階で、字幕のないものはスマホアプリを活用すれば大丈夫そう。心配や困りごとについてひとつひとつ、一緒に考えて提案をしてくれました。

 

「ここでやってみよう」Aさんはマナビーに通い始めます。

運動会のような毎日!

支援員は、Aさんとの訓練の日々を「まさに二人三脚だった」と振り返ります。
遅刻のたびに時間を守る大切さを説き、訓練中の眠気についてどうしたらよいか一緒に考え、生活リズムの改善に取り組みました。

 

椅子は出したら引くなど、自分の何気ない言動が相手にこんな影響を与えているのだということを丁寧に伝え、具体的な対処方法を実践で練習しました。支援員は、口頭で、資料を作って、ホワイトボードを使って、あの手この手でわかりやすく伝えようと試行錯誤。衝動的に出て行くAさんを支援員が追いかけることが何度もあったとか。

 

「たぶんうるさいと思われていたと思います(笑)でも社会に出てからのトラブルを少しでも減らせたらという思いがあったんですよね。特にADHDの場合、基本的なマナーを身に着けておくことは自分を守るための手段でもあるので。Aさんは何を言われてもへこたれず、違うと思えば違うと伝えてくれた。必ず自分で考えてくれた。そして徐々に行動が変わっていったんです。とても嬉しかったですね」(支援員)

 

事業所の仲間とも自然と会話を交わし、気づけば事業所のムードメーカーと言えるくらいにコミュニケーションを楽しむAさんの姿が見られました。就労移行支援を通してスキルを勉強したのはもちろん、一番変わったのは自分自身の障害に対する思いだった、とAさんは言います。

 

「これまで自分の障害の悪い部分しかみえなくて、息詰まっていた。ここでたくさん悩みを相談して、自分の特徴を深堀しながら対策を考えることができた。悪いことじゃないんだ、と思えるようになりました」

 

 

厳しい就活、困難を乗り越えるために

支援員と体当たりの対話を続けながらAさんは一生懸命に自分の障害と向き合い、生活や行動を見直しました。聴覚障害に対しては音声認識アプリのほか、自治体の手話通訳サービスを活用したり、家族が高性能スピーカーを用意してくれたりもしました。

 

様々な工夫をしつつ周囲のサポートを受けて就活を始めたAさんは、接客業、福祉施設、事務職などの幅広い職種を検討し、実習にも積極的に参加。面接での受け答えや言動について毎回根気強く振り返り、どんどん改善していきました。

 

面接の日の朝に、「行きたくない、もう就職なんてしなくてもいい!」と支援員に不安をぶつけることもありました。

 

「それでも面接まで時間がない中、チャットでしっかりと話をすると、気持ちを持ち直して立ち向かうんです」(支援員)

 

次から次に頭に浮かんでくる考えや不安を、支援員との対話を通してこまめに解消し、次に向けて準備をする―まさに二人三脚で行った就職活動でした。

 

支援員は、特に「聴覚障害」に対する厳しさは想像以上だったと感じたそうです。募集要項には書いていなくても、問い合わせてみると聴覚障害では難しいという求人が少なくなかったのです。企業側の事情や都合もわかるので、もどかしさを覚えながら、Aさんに合う職種と職場環境を模索しました。

 

それからめげずに就活に挑んだAさんは、理解のある企業に事務職として就職を果たしました。ADHDの特性だけでみると苦手と思われた事務作業ですが、Aさんは障害のせいにせず自分にできることを訓練してきました。いまでは早寝早起きを心掛け、余裕をもって通勤をするように意識しています。時折眠気に襲われてしまうこともありますが、上司と相談をしながらいろいろな対策を試しています。

 

働きはじめてからの定着面談では、マナビーの支援員にプライベートな悩みも相談しています。

「なんでも話してしまえ、と思います」

 

仕事のことでも友達のことでも、結局仕事に影響が出てしまうのであれば、どんなことでも相談したほうがいいしそんな人を見つけてほしいとAさん。たくさん話したから人間になれた、まだ半人前ですが、と笑います。

 

就労移行支援での怒涛の日々を越えて、Aさんは周囲を想い自分を大切にしながら働くことができています。
(2022年9月取材)