事故で絶望した大学生が歩んだ日々―自分を活かせる職場に出会うまで

Sさんは、快活で運動が好きで筋肉トレーニングに勤しむ青年です。車椅子ユーザーで、完全在宅で働いています。大学生のころ、アルバイト中のバイク事故で大けがを負いました。高次脳機能障害と半身麻痺があります。

 

落ち込み切って見えたもの

「事故からちょうど8年が経ちました」

 

事故直後は体幹にも麻痺があり、ベッドの上で動けない日々。割れていた腹筋は見る影もありません。面会に来た友人たちは、これまでのように軽口をたたきながら明るくふるまい励ましてくれました。ムードメーカーだったSさんも、笑顔で応えます。

 

どんなにポジティブで明るいSさんでも、その笑顔の裏では落ち込んでいました。
死を考えることもあったと言います。落ち込んで落ち込んで、とことん落ち込みました。

 

そしてある日「考えてもしょうがない」とSさんは思い立ちます。ベッドの上で、首だけを持ち上げる運動を始めました。動かせるところから少しずつ。友人に誓った「また腹筋割ってやるよ」という自身の言葉を胸に、無心で鍛え始めたのです。

 

病棟の患者が集まって一緒に筋トレを行うリハビリプログラムにも参加しました。
みんなで一緒に何かをするということが楽しく感じられ、仲間の存在が鍛えるチカラになりました。

 

鍛えれば鍛えるほど、できることが増えていったというSさん。座れるようになり、立ち上がれるようになり、歩けるようになりました。
「赤ちゃんの成長みたいに、みるみる何かができるようになるのが面白かったですね」

 

新しい生活、新しい出会い

退院したSさんは大学に戻りました。リハビリを続けながら就職活動を行いましたが、内定のないまま卒業を迎えることに。進路を考えていたとき、母から就労移行支援事業所を紹介されました。「パソコンスキルを身に着けてから、もう一度就職を目指そう」と考え、manabyを見学して通所を決めました。

 

通い始めてからはeラーニングでWordやExcelを学び、さらに参考書を使って知識を増やしました。事業所にはほぼ毎日通所し、メモを取りながら何度も繰り返して習得しようと努力するSさんの姿がありました。雨風が強い日は車椅子での移動が難しくお休みすることもありましたが、できる限り一人で通所しました。

 

「週に一度のレクリエーションも楽しかったですね」
事業所ではコミュニケーション訓練の一環として任意参加のレクリエーションを行っています。Sさんが参加すると笑顔で仲間を盛り上げてくれるので、その場の空気がぱっと明るくなったと支援員は振り返ります。いろいろな障害を持つ利用者と悩みや愚痴を言い合ったこともいい経験になった、とSさんは教えてくれました。

 

お互いを知りたいと思える仲間たち

Sさんはいま、会社全体の事務業務を担うチームで働いています。家で働くという勤務スタイルは最初から目指していたわけではありませんでした。多くの人と同じように通勤して働くものだと考えていましたが、事業所に通い就職活動をするうちに「在宅就労」という選択肢もあるのか、と気づいたそうです。

 

「在宅勤務はコミュニケーションが不足すると言われますが、うちの職場はそんなことないですよ」
完全在宅ワーカーとして入社して以来、チームで朝礼と夕礼をビデオ通話ツールで行っています。業務連絡だけでなく、雑談をする機会も多いそう。オンラインコミュニティを活用して自己紹介をつなぐバトンチャレンジが行われるなど、チームを超えた交流ができるよう様々な工夫が凝らされているようです。

 

いまではムードメーカーとしてチームを盛り上げる役目を担うSさんですが、始めのころは緊張して発言を遠慮してしまい、オンラインでのコミュニケーションに焦ってしまうこともありました。仕事にもチームにも慣れて素の自分を出せるようになったいま、Sさんは「みんなを笑かしたい」と日々奮闘中。ビデオ通話はとにかく笑顔で、チャットでは元気な表現を心がけています。

 

とてもいいコミュニケーションがとれている職場についてSさんは、「企業風土として、お互いを知ろうという気持ちがある」と感じています。役職や年齢に囚われず、気さくに話し合える。障害もそれぞれ違うが、自分で調べて理解しようとするし、配慮し合えている。働くことがとにかく楽しい、と笑いました。

 

立ち止まって、鍛えたらいい

Sさんは続けます。
「自分は筋トレやジムに通って体を鍛えているけど、筋肉に限らず頭を鍛えることも大事だと思うんです」

 

悩んだら見つめなおして精神を鍛えること。得意なことを自分のペースでやること。コロナ禍、いろいろな難しいことが増えたかもしれないけど、鍛える時間だと捉えてみたらいい。

 

「鍛えたら自然と前向きになり、不思議とうまくいくから」
自らのあゆみを振り返りながら、語ってくれました。

(2021年3月取材)

 

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