障害者雇用でキャリアチェンジ―コロナ禍に改めて見つめた自分のこと

高次脳機能障害のあるBさんは、8年務めた清掃の仕事を辞めて、事務職に転職をしました。  

目が覚めて、逃げ出したくなった

中学生のある日、Bさんが目を覚ますとそこは見慣れないベッドの上で、たくさんの管につながれていました。けがをして歩けない状態になっていましたが、なぜそうなったのか思い出せません。そして、交通事故に遭い1か月間意識がなかったこと、自分の状態を聞かされました。

 

「とにかく逃げ出したい、時間がたてば直るだろう、いまだけ我慢すればいい、当時はそう思っていました」

 

1年ほど入退院を繰り返したのち、Bさんは普通高校に入学しました。高次脳機能障害で注意障害、遂行機能障害がありましたが、自身は「まわりと同じ普通の学生という認識で、なんでもない気持ちでいた」と言います。

 

授業が終わった放課後には友達と遊びにいくような、ごくありふれた高校生時代。今思えば、感情の起伏が激しい、置いてあるものが見えないなど、障害によると思われる症状もあったそうですが、気にすることなく過ごしました。

 

初めての就職と孤独

それから通信制の短大を卒業したBさんは、しばらくして職業リハビリテーションに通うことになりました。

 

「とくにやってみたい仕事もないし、選択肢もそれほどない。職リハではとにかく学べることを全部やってみました」

 

Bさんは職業訓練でWordやExcelを学び、資格も取得しました。初めての就職活動はとても順調で、企業からたくさんいい返事を貰うことができました。そのうちの一社を選び、事務職として自信を持って働き始めたBさん。しかし1年ほどで退職することとなります。

 

障害者雇用ではあったものの、同じフロアには障害者もジョブコーチもいませんでした。企業側も慣れていないためか、業務に必要な説明がなされずにすれ違うことも。障害特性によってミスをしてしまうことがありましたが「それは甘えだ」と言われ、なかなか理解が得られずに孤立していきました。

 

そして仕事を任されなくなったかと思えば、一度に処理しきれない業務依頼があるなど、一人ではコントロールしきれない状況になってしまいます。それでも頑張り続けた結果、気づけば体調を崩していました。

 

作業所で見つめた「障害」、コロナ禍に考えた次の働き方

退職後、母の勧めで高次脳機能障害に特化した作業所に通うことになりました。

 

「なんで俺が作業所にいかなきゃいけないのか」
犬用のクッキーや、絵葉書を作る作業をしながら、Bさんはそんな風に思っていたそうです。

 

一方で、働くうちに自分のミスが気になるようになり、一緒に働く仲間との距離感にも問題があると感じるようになりました。支援員にフィードバックをもらいながら、徐々に障害認識を改めなければいけない、自分の障害について学ばなきゃと感じたと言います。約3年間、Bさんは自分と向き合いました。

 

そろそろ就職を考えてみようという時が来たとき、周囲から事務職ではない仕事がいいのではないかと勧められ、清掃業の仕事に就きました。本人としては不本意な職種でしたが、8年責任をもって務め、リーダーも任されるように。

 

そしてコロナ禍、2か月間自宅待機となったBさんはいろいろなことを考えました。自分の得意なこと、職場の人間関係、これからの働き方について。自分の未来を考えたBさんは転職を決意し、就労移行支援を利用しようと思いました。

 

自分を受け入れること

「manabyに通うことを決めたのは、初めての独り立ちと言えるかも」

これまで母や支援者のサポートとともに歩んできたBさん。8年務めた会社を辞めて転職すること、manabyに通うことは、初めて自分ひとりで決めて行動したことでした。

 

manabyでは、興味のあったWebデザインのコンテンツを学びながら、事務スキルの向上を目指して訓練しました。同時に実際の働き方についてもリサーチ。Webの仕組みやデザインをこれから学んで、一からWebデザイナーを目指すのは自分には無理だと悟ったと言います。

 

それからは目標を事務職に絞って、会社で使う関数を習得。就職活動では、スキルがマッチするところ、自分に合いそうな環境、条件のよい職場を探しました。応募しても面接にたどり着けず、落ち込むこともありました。

 

そして納得のいくまで活動を続けて今の職場にたどり着いたBさん。「運がよかった」と言いますが、自分をしっかりと客観視しつつ目指すところにたどり着くまであきらめなかったからこそだと支援員は振り返ります。

 

Bさんの新しい職場には、身体障害がある方も精神障害の方もいます。事務作業のほか、掃除や整理整頓など職場環境を守るのも業務の一つ。掃除機やゴミを集めるのも当番制ですが、障害によって人それぞれ得手不得手があります。Bさんは、自分にできることを率先してやりました。すると自然と周りも同じように自主的に動き出したのです。

 

これまでのBさんは人との関係をつくるのが難しく、気に入らないものはすぐ嫌だと拒絶してしまうところがありましたが、変わりつつある自分を入社してから改めて実感。また、自分の行動をちゃんと見てくれて評価してくれる人がいるということも含めて、新しい発見を続けています。

 

「障害は人それぞれ違うけど、どんな障害があっても自分を受け入れること。難しいことだと思うけど、家族でも行政でも自分を客観的に見てくれる人に相談すること」

 

働きたい気持ちがあるなら、自分を否定せずに、なんでも話せる人を見つけて受け入れるようにしたらいい、できないことがわかっていれば対策ができるから、と続けました。

 

Bさんは、家族、就職や作業所での経験、支援者や仲間との出会いを積み重ねて自己理解を深めてきたいま、日々充実して働き暮らしています。

(2022年11月)

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